2019年度・6月分読書会 活動報告(4)

みなさん、こんばんは、本ノ猪です。

今回の(4)と次回の(5)の記事では、読書会参加者の読書会を終えての感想を掲載していきたいと思います。

私が読書会の感想をブログ内で掲載しているのには理由があります。

それは、この「生の声」を目にした「未だ読書会に参加されていない方」に、「読書会かー、参加してみようかなー」と少しでも関心を持ってもらうためです。

本読書会は「京都」で開催していますが、「Skype」という会話ツールを使ったインターネット通話による参加も受け付けています(今月の読書会では、3人の方がSkype参加でした)

ぜひご参加ください! お待ちしています!

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課題図書:アガサ・クリスティ『春にして君を離れ』(早川書房、2004)⇒https://amzn.to/2YVG847

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それでは以下より、読書会参加者の「幽々さん」と「まささん」の読書会参加後の感想を掲載したいと思います。

 

幽々さん(@yuu_yuu_ziteki_)の感想文↓

「幽々です。今回の読書会の課題図書、『春にして君を離れ』は主人公のジョーン・スカダモアが旅先から帰る途中に足止めをくらい、退屈な時間の中で自分が自覚していなかった醜い自分像を直視するという恐ろしい内容でした。本の裏のあらすじには「ロマンチック・サスペンス」と書かれていますが僕はむしろサイコホラーの類に読み取れました。僕は人のアイデンティティは現実的な自分の属性ではなく自分の理想像の属性に左右されるという持論を持っていますが、それはつまり自分のアイデンティティとは真逆の自分が真実の自分であるという可能性を常に秘めているということでもあります。自分の中の自分像とはかくも脆い偶像、悪く言えば虚妄でしかないという事を眼前に突きつけられる事のなんと恐ろしい事か。自己に対する信頼という生皮を剥かれるような恐怖感、これをサイコホラーと言わずなんと呼ぼうか。と僕は感じたのですが、読書会を通じてみるとこの本をまた別の角度から読む方もいるようでした。恐らくこれは読者が読者自身をどう捉えているかによって読み方が変わるものなのではないかと推察しました。著者、アガサ・クリスティがどの読まれ方を意図して書いたのか、それとも色んな読まれ方をされることを意図して書いたのかは定かではありませんが、僕はこの作品は人の内面に巣食う自己欺瞞に警鐘を鳴らす作品だと読みました。ただ、そうと読めないのであれば、そうと読まない方がいいものだとも思います。きっとそれは直視出来ない程に辛い現実だから、「君はひとりぼっちだ。これからもおそらく。しかし、ああ、どうか、きみがそれに気づかずにすむように。」というこの言葉は、全ての人々に向けられたものかもしれないと思わずにはいられませんでした。」

 

まささん(@syagakingzaki)の感想文↓

「はじめのうちは

「登場人物たちの人間性が、何だか我が家のことを書いているみたいだな…。」

くらいの自分自身を振り返る内容のように感じでいましたが、読書会を通じて"その人の数だけあるものの見方"を知り、

「私自身も思っている以上に視野が狭かったり、自己欺瞞だったりすのだな…。」

という発見がありました。とても楽しい時間を過ごさせていただきました。

改めまして、ありがとうございました。」

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以上で「2019年度・6月分読書会 活動報告(4)」を終ります。

ご覧頂きありがとうございました。